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これからの日記

続き。
これからの話。

神経症なのは以前書いた通りです。
現在は治療しながら仕事を探しています。

時々遺跡発掘の仕事のバイトが求人で見受けられますが、今のところもう一度やるつもりはありません。
結局一つの現場が終わったらどこかへ移動するという不安定な職業なので。

今一番欲しいのは、安心して働ける安定した職場です。
これが高望みなんでしょうけど。

現在来年3月にある新潮新人賞に応募するための小説を書いています。
お金をかけないで本を作るためには何か賞を貰うのが一番だと思ったからです。
これは叶うかどうかわからない夢……。


ネトゲは以前に比べるとやらなくなりましたね。
コンシューマーもやってないので、ゲーム全般にいえる事かもしれませんが。
せいぜいポーカーをしたりマインスイーパーする程度です。

本も以前に比べると読まなくなりました。
やはり本は私にとって時間つぶしです。
通勤時間、休憩時間のない今は、クリニックの待合室で本を読む程度です。


続きはまた。
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それからの日記

続き。
それからの話。

学校を卒業してすぐに働くことになりました。
学校の推薦で会社に紹介させてもらったんです。
プログラマーとして入社した私に待っていた仕事は、携帯決算機のテストでした。
その後、Linuxでサーバーを立ち上げてくれと言われました。
レッドハットLinux?とかいうものでした。

これで挫折。
プログラム組む前に挫折。
調べても調べてもうまくいかない。
定時は5時でしたが、もちろんそんな時間に帰れるはずもなく、終電になることもありました。
私には夕ご飯を食べる時間も、風呂に入る時間もありませんでした。
そんなわけで1ヶ月で逃げ出してしまったのです。
心も体もついていけない。
プログラムは好きだけど、業界の体質についていけなかったんです。

そんな時に出会ったのが遺跡発掘の仕事でした。
今までに比べれば、それは楽しい時間が流れました。
しかし変調の片鱗も見せていたのです。

遺跡発掘3年目に入る頃、休みがちになりました。
思えばこの頃から体調がおかしかったのかもしれません。
例えば顎関節症はこのころ発症したと思われます。

体がついていかなくなり、私は再び逃げ出しました。
会社になにも言わずやめてしまったのです。
これはやってはいけません。社会人失格です。

それからフロッピーをコピーする会社で幻聴を聞いたり、印刷会社で神経症になり、1年以上も休職してのちに仕事につくも3ヶ月で逃げ出す。

で、今に至ります。

続きはまた。

あの時の日記

続き。
あの時の話。

私は小・中学校といじめられていました。
いじめられっ子グループに所属していました。
そのグループはしかし、他人の悪口を言う所でもありました。
全員いるときはゲームの話とかしていましたが、誰かがトイレに行くなりそいつの悪口を言い出すんです。

ある時、ハッと気づいたんです。
他人の悪口を言うのはいじめてくるやつらと何ら変わりないじゃないかと。
私の自我が芽生えた瞬間です。
中学2年のときでした。

それからというもの、そのグループからできるだけ離れて、いじめられないように暮らしました。
グループから離れるのは簡単なことではありませんでした。
なにしろ居心地がいいのです。
共通の趣味がゲームだし、いじめられているという連帯感?のようなものがありました。

そのグループを離れてから卒業するまでの間、それはそれはさわやか少年でした。
しかし中学を卒業すると、私には友達が一人もいなくなりました。
私の通う公立高校には、運命のいたずらか、いじめられっ子ただ一人しか知り合いがいませんでした。

そして私は、友達を選ぶようになりました。
人を値踏みするようになりました。

それだけでなく視力の低下と根っからの真面目さにより、クラスでの私の席は、常に先生の真ん前でした。
これはいくら席替えしても変えませんでした。

ようするに、私はクラスに一人はいる「変なヤツ」になったのです。
しかし、いじめられっ子から比べれば、遥かに誇り高かったのです。

結局、卒業するまでに出来た友達はたった一人でした。
その一人さえいなかったら、私は私でいられなかったでしょう。
その人にはとても感謝しています。

お昼休みは大抵、図書室で過ごしました。
学校の中で孤独に自分の世界を築くには、ここはピッタリの場所でした。
高校3年間、とにかく本を読みました。
とくに外国小説を読みました。
今私が本を読んでいるのも、所詮時間つぶしでしかないのかもしれません。

私は部活にも所属せず、授業は常に先生の前で真面目に聞いていたにもかかわらず、成績はあまりよくありませんでした。
センター試験はうけませんでした。
大学へ受験しましたが、落ちました。
これだけ勉強に打ち込んでいたにもかかわらず、成績が悪かったというのは私に大きなショックを与えました。
そんなわけで私は大学に合格した人をとても尊敬して見ています。

コンピュータの専門学校に通うことになった私は、また友達がいなくなりました。
しかしそこは素晴らしい世界でした。
プログラムは私の思い通りに動き、成績は常に1番でした。
卒業するまでに友達も何人か出来、成績も1、2を争うレベルでした。
しかし、卒業すると、また私は独りぼっちになりました。
友達とは所詮その程度の付き合いだったのです。
この頃が一番平穏だったかもしれません。


続きは今度。

病気についての日記

たまには病気のことでも書いてみます。

現在私は神経症と診断されています。
前はうつ性神経症と言われていたように、うつのお友達のようです。

具体的な症状は、
1番は「社会恐怖」私の場合、バイトでレジ打ちとかができない。
私は昔から怒られるのが嫌いでして。
もう現金に直接絡んだ仕事をするのは嫌だ!っていう症状。
薬でも治せないと思います……。

2番は「不安・動悸」むやみに動悸が激しくなったりします。
今は大分改善されてます。

3番は「睡眠障害」寝つきが悪かったり、夜中に何回も起きたりします。
これも現在は睡眠薬でいくらか改善しています。
薬を飲み忘れると、ダイレクトに症状が出ます。

神経症と神経質は関係あるのかは知りませんが、私は自分のことを神経質だと思ったことは一度もありません。ある意味重症なのかもしれません。


病気ついでに書くと、私はいわゆる「さる腕」で、ものすごいO脚で、鳩胸で、猫背で、ついでに背骨も曲がっています。(レントゲン撮ってもらったときにわかりましたが、写真の前後がわからないので、右に曲がっているのか左に曲がっているのかわかりません(´Д`;))
あと顎関節症です。
20代でこれでは将来不安ですね。(他人事かッ)

先生からは「神経症になりやすい体質(性格)」と言われています。
思えばずっと暗かった気がします。
さかのぼることウン年、あの時からずっと……。


続きはまた今度。

変な日記7

僕は君の不幸を吸い取ってしまいたかったが、どうしても出来なかった。
だからせめて、幸せを与えられればと思った。

膝痛日記

S 三十歳までに筋肉を
O おおいに盛り上げるための
S 涼宮ハルヒの団

SOS団つかいっぱ、Durandalだ。

またちょっと走る距離を伸ばしてみたぞ。

約10kmだ。
自分でもなかなか走ったと思う。
もはや高校時代よりも距離的には長い。

ところで、膝が痛い。
ワンレッグスクワットのせいだ。
これが筋肉痛なのか関節痛なのかでだいぶ違うのだが……。
明日のトレーニングに影響が出なければいいが。

雨の中の日記

S 三十歳までに筋肉を
O おおいに盛り上げるための
S 涼宮ハルヒの団

SOS団つかいっぱ、Durandalだ。

私の今のトレーニングは月・水・金に行っている。
8キロくらい走ってから筋トレ2セットだ。

昨日は雨の中走って大変だったぞ。
なんせ、靴が水を吸って重くなる。まるで500gのアンクレットを付けたようだった。

レインコートを着て走ったが、視界が狭まるし、邪魔にしかならない。
家に着いてコートを脱いでみれば、ジャージもなにもかもずぶぬれだ。
これではレインコートを着ている意味がないというものだ。

そんなわけでおすすめは、まず素っ裸になり海パンを履きビーチサンダルを履く。
これで濡れても大丈夫!
というのは冗談で。

どちらかというと防寒のためにレインコートを着け、靴が濡れないような、いつもと違うコースを走ることにしよう。

いつもは川沿いだが、雨の日の川沿いは水溜りが多いので避ける。
整備された歩道を走ろう。
舗装された部分が短くても、往復すれば距離は稼げる。

月曜日に雨が降るようなら、早速実行してみることにする。

リアリティ日記

小説はリアリティが全てだ。
よ~く調べないといけない。

鎖骨の骨折で入院は必要か?
あるいは単にひびにしてしまうか。

夜中の神社は一体どんな感じなのか?
どんな音がするのか?
どんな色が見えるのか?
どんな匂いがするのか?
どんな感触がするのか?

私はそのうち夜中の神社に行くことになるかもしれない。
我慢できなくなって。

変な日記6

キャベツの種を庭に植えてみた。
やがてそれは芽を出し、どんどん大きくなって、やがて誰かに盗まれてしまった。

プロフィール

  • Author:Durandal

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